親が死にかけている時に転職を決意する

ブラックな職場

父が闘病している頃、自分が勤務していたのはとある食品スーパーでした。
もともと別の業界にいた私は、その会社の給料がたびたび遅延する状態に困窮して、その時の取引先だった零細スーパーに転職しました。
しかし1年余りで経営破綻、地元では大きな企業体の量販店部門へ救済合併することとなりました。
つまりこの時点で2度、勤める会社を変えています。
移籍によって給与はその企業では低水準のランクになりましたが、それでも元の職場よりも大きく増え、新卒以来もらえていなかったボーナスも支給されることとなりました。これまであきらめていた子供も生まれてバンザイな状況・・・
とはなりませんでした。
零細スーパーの現場任せだったオペレーションから、本部からの指示と報告を何度も繰り返すオペレーションに変化しましたが、それを同じ人員(正社員は店長一人)でこなすという激務に変わり、それはエスカレートしていきました。
年2回だった棚卸は月2回となり、それに従事できるスタッフは店長一人で、常に午前様なのに翌日は5時台に出勤して第1便の荷物を受けるという生活。
今後定年までこんな生活を続けることはできないと両親に転職の意向を伝えていました。
初めは反対していた父も最後は筆談で応援してくれました。
当然ながらいきなりやめてしまってから次を探すようなことはできません。
激務の中で辞めるための活動を始めたのです。
転職は最終的に運よく叶いましたが、この話は別の機会に詳しく書きます。
これから30代、40代で転職を考えている人にはきっと参考になることがあると思います。

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